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アレッサンドロ・メンディーニ

アクセル・シュルテス
(ドイツ)

リチャード・グラックマン

1943年11月17日ドレスデンに生まれる。1963年-1969年ベルリンで研鑚を積む。1972年、バンゲルト、ヤンセン、ショルツ(BJSS)事務所を共同設立。1992年始め、シャルロッテ・フランクとクリストフ・ヴィトと共同で事務所設立。

オディール・デック

 私は、この作品についてのテキストを用意しましたが、それは説明ではなくおとぎ話、ストーリーです。その題名は、「どのようにして最初の鳥が生まれたか? (How the first bird was born) 」といいます。地球上に鳥が存在しなかった頃の、原初の話です。これは、母なる大地と父なる空と、彼らの間を行き交うメッセンジャーと成り得ると考えた、あるものについての話です。 これは弱いタマゴで、恐竜の卵にも似たものです。私が最初にバードハウスについて考えたとき、人間に利用されるような建物や家ではなく、鳥自身のためのものをと考えました。そこで私は、鳥の起原としての卵を思いつき、小屋を与えるという点を思いついたのです。そこで私は、ただの小屋としてではなく、卵自体がまだ生まれていない命の小屋に成り得ると考えました。それは、鳥が生まれる時に壊されるものです。それで私は、木のどこかに釣り下がった卵という発想から、スタートしました。サメなどの大きな魚の卵も考えました。これは、卵が発端となったものです。これは私が深く考えた、自分の足で歩く建築物のイメージです。木の一部である卵は、自然と人口の混合物です。しかし私たちは、それらにも満足しませんでした。 その理由の一つに、私は地球そのものから生まれ出た何かに、大変興味を持っていたということが挙げられます。これは、卵であると同時に鳥でもあります。これらは、卵の木であり、同時に木の卵でもあります。このように、私たちはとても長い時間思い巡らせました。そしてこれは、鳥が誕生する際に壊れるはずのもので、これはほぼ完成していました。それは足を持ち、上のバルコニーに置いてあります。これは容易に作ることができ、準備できていました。しかしそこで、私はまた違うものを思いついたのです。鳥のための小屋が一時は卵だったということ。そのイメージに沿ってきたということ。それではもっと原型的なものにしてはどうかと思ったのです。そこで、鳥のためだけのバードハウスをつくるのではなくて、最初の鳥のための誕生の家を作ろうと考えたのです。そこで私たちは、とても子供じみたやりかたで、話を作り上げたのです。

シュルテス氏への質問
・ 子供の頃の夢は?
 それは非常に悲しく危険な夢でした。私は一生懸命に逃げているにも関わらず、終いには怪物に食べられてしまう夢でした。私は、多くの人が夢で見るような、美しい色に彩られた風景の中を飛行する、などといった良い夢を、思い出すことはできません。
・あなたのヒーローは?
 特にいません。
・現在の環境問題に対しての意見をお聞かせください
 環境問題についてこれまで私がテレビで見聞きした最悪なドキュメンタリーの一つに、森林破壊があげられます。それは、人間の残忍さと向き合うことにさえなる、とてもひどいものです。私は人間は自らの行いを理解していると思っています。生きている木をのこぎりで伐採してしまう熱帯雨林の破壊は、もちろん残虐で多大な犠牲です。しかし、その木を根元から殺してしまうのは、より残酷なことです。なぜなら、そうすることによって、その木そのものがダメになってしまうからです。さらに、その行動がその森に暮らす人々によってではなく、地球規模で消費される大量の紙を生産するため、また食べたらすぐに捨ててしまう割り箸を生産する産業のためになされる場合、残忍さを増します。
 一度きりの食事のための割り箸を生産するために、フィリピンの島々やその他の地域が破壊されているという事実は、読むことができます。木のような植物を殺してしまうこと、特に大きな木、熱帯雨林の破壊は、考えられないことです。私は、もしこれらの素晴らしい緑地や大地の恵みを、海が干上がったり、野生動物が消滅してしまうことを人間が後に取り戻せるのであれば、1000年がなくなってしまっても問題ないと思います。この問題は、私に大変訴えかけてきます。このことが、私が二つの足を持つネズミ、また疲れている母なる大地について考えるきっかけとなったのだと思います。
・美術館の役割とは
 私は、コンペティションを経て美術館の建物を作ったりもしましたが、美術館とは人類共通の価値ある財産を保存し、美しく仕上げられた作品を私たちに留め、それによって勇気を与えられ、また違う誰かが同じような素晴らしい作品を作り出すきっかけを与える場所だと思います。美術館とは、勇気を与える場所なのです。しかしそれは、傑作が展示される場合にのみ起こり得ることです。私は以前、カイロのエジプト博物館へ行きました。ツタンカーメンではなく、王朝のヨザ王の彫刻など、美しく仕上げられた作品を見ました。そして文明が起こった時の、時間を超えた建築物に出会うことができますが、それはいかに人類にとって価値のあるものであるのかと印象を与えます。
 現在、世界のいたるところに作られている現代アートの美術館に言及すると、その中に足を踏み入れてみても、勇気を与えられるようなことは、もはやありません。人はそこでアートそのものに向かい、まあそれでいいだろう、と感じるのです。これは、市場、商売、ブランドの創造などの利益を生むための行動なのです。美術館はもはや、ただの器となっています。もしその中に何か貴重なものがあって、価値のある勇気を与える作品があっても誰もそれを気にしなかったら、ただのキャンバスの上に色をのせたものであり、人々がそれを傑作と呼ぶのであれば、美術館はただ痛ましいだけの不要なものとなってしまいます。
・建築家になった理由は?
 学生最後の年、私は宇宙科学者になる勉強をするか、または建築家になる勉強をするかを決められずにいました。今この質問をされたので過去を振り返ってみましたが、これらは同じく空間に関係するものです。一つは宇宙空間、つまり人々が銀河系や何万光年も遥かかなたにある星雲を望遠鏡で覗くような空間です。対照的に建築空間は、建築家が自在に操ることを可能とする小さな空間です。私は何を学ぶべきかの明確な証拠を必要とする18または19歳になっても、どちらを選択すべきなのか全くわかりませんでした。そこで私はギリシャへ行き、そこでいくつもの寺や傑作品、建築美術を見て、そして失望しました。そこには空間がないのです。それは調和においても細部においても素晴らしいものでしたが、それはただ美しく仕上げられた建築的彫刻でしかありませんでしたし、空間の点において私は失望しました。建築家になることは、空間を作り出すことです。私は、ただその事実のために幸運であったわけではなく、イスタンブール、また後にアッティカやペロポネソスに行くことを決意しました。私が初めてイスタンブールのアヤ・ソフィアへ足を踏み入れた時、その空間に圧倒されました。その空間は人々の心を持ち、とても素晴らしいことに、空間が示唆的であり、見る人を専門家であるこを要求しないのです。人々は、その芸術と向き合えばよく、あなたが知っておくべきことは、それが何なのかを見ていることだけなのです。
 その空間は、直接人々に訴えかけてくるものであり、自分の目と耳で見聞きすることによって、その空間を捉え、その空間を感じ取ることができるのです。あなたが教養人である必要はありません。人類は皆まるで、その道に精通する建築家と同様に、空間の素晴らしさを受ける喜びを持っています。これは、傑出した建築物の一つであり、空間の建築、様式の建築、素材の建築、構造の建築、形の建築であり、あなたが何かになることに影響する建築であるのです。このような建築物を建てることは、生きている中で一度建てることによって満足することのできる空間でしょう。
・世界の子供達へのメッセージ
 現状に落胆するな、ということです。何かの教えなのかどうかはわかりませんが、私が感銘を受けた言葉の一つに、神は自分自身を持った子供を祝福する、という言葉があります。子供でさえも自意識を高めるような詩を得なければならないし、アートであろうが科学であろうが、様々な分野で創造する彼らの能力を得なければなりません。もし誰かが、彼らの意志や夢から遠のかせてお人形のように扱おうとすれば、そんなことは気にせずに、自分のままでいればいいのです。2000年前にもギリシャの哲学者が同じことを言っています。

アクセル・シュルテス

ウィル・アルソップ

チェーザレ・マリーア・カサーティ