1980年米国バージニア州フォールズ・チャーチ生まれ、米国メリーランド州南部で子供時代を過ごす。1990?1995年画家のリサ・エジェリ、ピーター・エジェリ、ジョージ・マミラノ(イタリア)生まれ。 高校生の時に交換留学生とし初めてアメリカに渡り、1年間を過ごした後、一旦帰国。大学で学ぶため再び渡米し、ニューヨーク州立大学(バッファロー)で物理学のM.A.(文学修士号)と生物物理学のPh.D.(博士号)を取得。NASA(米国航空宇宙局)のエイムズ研究センターに、閉鎖生態系生命維持システム(CELSS)の研究者として入所し、後に人工知能の研究者となり、このセンターでキャリアの大半を過ごす。アストラノート・サイエンス(宇宙航空学)アドバイザー(別名PIイン・ア・ボックス)の開発作業に着手し、SLS-2(スペースシャトルSTS-58)に配備される1993年までこのプロジェクトの責任者を務める。これは、宇宙で配備された最初のエキスパート・システムとされている。その後は、人工ニューラルネットワーク(脳神経系をモデルにした情報処理システム)と、遺伝的アルゴリズム(遺伝子の組み合わせによる生物の進化機構をまねて、組み合わせ最適化問題などを解くためのアルゴリズム)、ファジー論理分野の研究および開発作業を行うとともに、1988年から、カリフォルニア大学バークレー校の公開講座でこれら分野のコースを教えている。技術分野の著作物は40冊を越える。現在、NASAエイムズ研究センターのコンピュテーショナル・サイエンス(計算科学)・ディビジョンの進化ハードウェアとモジュラ・コオペラティブ(協調型)ロボット工学、人工生命に関するプロジェクトなどを進める「進化バイオトロニックス」のグループを率いている。 仕事以外の活動は芸術関係が中心で、踊りと歌のレッスンを受けており、サンフランシスコのベイエリアで、コミュニティー主催のミュージカルや演劇に数多く参加。建築にも長年興味を持っており、サンフランシスコ・インスティチュート・オブ・アーキテクチャーで、不定期に開かれる建築とデザインのクラスに出席している。しかし現在は、10歳の息子が生活の中心。息子が所属するサッカーチームのコーチを務め、息子が通う学校で「レゴ・ロボット工学」クラブを作り、これを運営している。事。1998年メリーランド大学ボルティモア郡校にて、人工生命およびデジタルアートを専攻。フィル・ハーズのもとで循環型環境を学ぶ。2001年アエロフレックス・オルテア・サイバネティックス・コーポレーション社にて奉職。2001年D.A.I.S.Iのディレクターとして生態系デザインチームに参加。現在はUMBC芸術視覚文化センターのインターフェースを制作中。 |