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ルーク・スティールズ

クリス・ラングトン

クリス・ラングトン
(アメリカ)

専門分野は人工生命。人造を研究し、生命について調べています。研究対象となる人造は多くの場合、コンピューター・プログラムですが、生命……それが人工であっても、自然のものであっても……の研究に関連したテクノロジーは他にもたくさんあります。
私は1948年にアメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジで生まれました。その後、引越しをし、子供時代を過ごし学校に通ったのは、ボストンから西に20マイル(約0.2キロ)ほど離れた、同じ州のリンカーンです。1980年にトゥーソンにあるアリゾナ大学を卒業しました。専攻は、人類学と科学哲学の2つです。大学を卒業した1980年に買ったコンピューター、アップルIIが私の人生を変えました。セルラーオートマトン(並列計算機の構成方式の1つ、メモリと演算装置を持つセルと呼ばれる最小単位を総合結合した構成)の研究と、ジョン・ファン・ノイマンやテッド・コッド、アーサー・バークス、ジョン・ホランドをはじめ、現在人工生命と呼ばれる分野の先駆者が残した業績の研究を始めたのです。そして、セルラーオートマトンで、自己増殖構造の生成に成功。これが、私の転機になりました。
1982年にアン・アーバーにあるミシガン大学の大学院に入り、ここで4年間学び、専門分野の課程を修了しました。余談ですが、在学中の4年の間に、二人の息子、ガブリエルとコリンが生まれました。その後、友人ドイン・ファーマー(Doyne Farmer)の招きで、博士課程修了後の研究者として、ロス・アラモス国立研究所 非線形研究センター(Center for Nonlinear Studies)に入所したのは1986年のことです。同センターに3年間務めた後、ニューメキシコ州リオ・グランデ・バレーに小さなレンガ造りの家を購入しました。あの頃のことは、楽しい思い出です。1987年9月に、人工生命分野では初めてとなる国際的なワークショップをロス・アラモスで主催しました。興味深い方々が多数集まったこのワークショップが実質的なきっかけとなって、人工生命分野が今日の形を取るようになったのです。この他にも、サンタフェ・インスティチュートとの共催で、1990年と1992年の2回、ニューメキシコ州サンタフェで人工生命のコンファレンスを開いています。
研究教授として私がサンタフェ・インスティチュートに加わったのは、1994年のことです。ここには3年間在籍しています。
運営理念を巡る見解の相違から、1997年に独立し、自分の会社をスタートさせました。その会社を2000年に閉鎖し、現在はフリーランスの科学者として活動をしています。
人工生命の研究を進める姿勢に、今も変わりはありません。そして、住まいもニューメキシコ州リオ・グランデ・バレーから移っていません。
ニューメキシコはとても美しいところです。といっても、それは荒削りで、荒涼とした美しさで、いまだに自然がほとんど手付かずのまま残っています。それが、私の心、魂にぴったりと合うようです。

シルバノ・コロンバーノ

我々は粘土から壷を造るが、
我々が何を望もうと、その中は空、
なにもない。 老子
バードハウスは、人造です。

人造とは、自然ではなく、人間が作った物。
建物や道路、都市、飛行機、新聞、そしてギターも人造です。
人造には、本もあります。
そう、私たちの知識は人造なのです。
私たちは知識を土台として、自然に対応しますが、その知識は自然から得た経験によって形作られています。
私は、バードハウスを紹介する本を通して、バードハウス・プロジェクトに貢献してきました。
本は、私たちの自然に関する知識の象徴であり、
バードハウスは、私たちが自然から得た経験の象徴です。
バードハウスを紹介する本が開かれる。これは、私たちの知識を土台に、人が自然に対応することを意味します。
バードハウスを本で取り上げる。これは、自然から得た経験をもう一度知識に取り込むことを意味するに他なりません。
本とバードハウスは、共進化関係にあります。
本がバードハウスを形作り、バードハウスが本を形作ってきました。
そして、私たちの知識が自然を形作り、自然が私たちの知識を形作ってきたのです。
陶工は誰だ。祈りをささげよ。そして、壷とは何者だ。
ルパイヤート
(オマル・ハイヤーム作)

松原 仁

レベッカ・フランダース

スコット・ハウ