放置された自動車のマフラー。山中に廃棄された配水管。建築廃材のブロックの穴。我々にとって廃棄物以外の何物でもない物体が、鳥にとっては最高の住み処であったりする。そういえば、カラスがカラーコーティングされた針金のハンガーを好んで拾い集め、巣作りしているというニュースを聞いたことがある。
また、オーストラリアに住むニワシドリは、求愛のために巣のような形の舞台をこしらえ、その周囲を様々な物体で飾りたてる風変わりな習性があることで知られている。通 常その物体はと言えば、自然に産する貝殻であったり、木の実であったりするのだが、最近では近くのキャンプ場から集めてきたビンのキャップやビニールの紐等を好んでディスプレイするようになったと聞く。言い換えてみれば、我々も自然界の一員である限り、我々の作り出したゴミも自然の一部といえなくもない。いずれにせよ、天敵から雛を守るための空間は強固でなければならない。
ここではスレートの波板を、増え続ける建築廃材の一つと想定し、その再構築を試みた。廃船や廃車が魚礁 となるように、我々にとって価値のなくなってしまった廃棄物も、使い方次第では安全で住み心地の良い鳥礁 となるかもしれない。

若林広幸

1949年京都市生まれ。建築家。
1967年(株)たち吉のホームエージェンシーである京都デザイン(株)で商品開発、企画デザイナー担当。
1972年インテリア設計事務所設立。
1982年若林広幸建築研究所設立。
1994年南海空港特急「rapi:t」をデザイン。
その他作品に、老人ホームライフ・イン京都、京つけもの西利本社ビル、ヒューマックス・パビリオン・渋谷、京阪宇治駅、などがある。

鳥礁

樹木には“気根”がある。樹木の高い枝に、落ちてきた種子が発芽し、生育する。土のない根は、親木の幹を地面 に向かって生育し続ける。空中にあるこの根が、“気根”である。空を飛ぶ鳥だけが鳥ではない。二本足、羽、クチバシ、とさか、卵。
飛べないペンギンも、ダチョウも、エミューも、また草食恐竜であったサウロロコスも“鳥”の範疇にある。
大地・水・空・森・花・自然の中で鳥は生きる。それは、鳥小屋や巣の領域をはるかに越えて自由に拡がり、宇宙と同化する。BIRD HOUSEについて考える中で、私は空気のようなのびのびと拡がる生息範囲を出会えたように思う。そして生まれたのが、この“AIR NEST=気巣”である。私は、この透明な存在に、すべて“鳥”の昇華された姿を託したい。

池上俊郎

1948年大阪生まれ。大阪大学工学部建築工学科卒業。
1981年池上俊郎建築事務所設立。
1986年(株)アーバンガウス研究所に改組。
1993年より京都市立芸術大学美術学部環境デザイン研究室助教授。建築を中心に都市計画、景観デザイン、インテリア・プロダクトデザイン等幅広いデザイン活動を行う。
1983年第1回国際デザインコンペティション入賞。代表作として、CITY POLE(大阪)、萩谷邸(東京)等。

“AIR NEST=気巣”

鳥は絶えず運動しているため、身体を維持するカロリーも大きく、人の約30倍のエネルギーが必要であると言われています。例えば、一羽のシジュウカラが、一年に食べる虫の数は青虫に換算して約85.000匹、一日になんと230匹余りをたいらげることになります。一般 には、樹木を食い荒らす害虫の約9割を野鳥が食べてくれるそうです。また、野鳥の体内に取り込まれ、排出された種の発芽率はほぼ100%で、直接樹木から落下した場合の32%を大きく上回ります。
このような意味で、森と野鳥は共生の立場をとっていると言えます。しかし、この両者の関係に人間が介入すると、その微妙なバランスはすぐに崩れてしまいます。人間と鳥の共生は、いかに、その関係に干渉しないで生活するかと言うことに尽きるのでわないかと思います。
この「インスタントハウス」は高カロリーの有機物のみで構成されています。もちろん、子育ての間の短い期間だけでも利用してくれればよいし、また、好みによっては(?)食糧となることもできます。少なからず、減少している青虫の代替え品になればと思うのです。そして何よりも重要なことは、このバードハウスが自然のバランスに出来るだけ干渉することなく、比較的短期間でまったく無にかえるという事です。

辻村久信

1961年京都生まれ。インテリアデザイナー。
1995年T.D.O辻村久信デザイン事務所設立。オリジナル家具のブランド「MOON BALANCE」ショールーム開設など、店舗、ショールームの設計デザインを手がける。
最近の作品に、JAPANESE DINNER & BAR "茶茶"(広島) RESTAURANT & BAR "Cloud 9"(滋賀) CUT & PARM "KUN KUN LU HO"(御池店) Jewel Shop "俄"ゼスト店(京都)等がある。

インスタントハウス

ペットボトルをひろってきました。一本の棒がありました。使い残したテープもありました。それらと僕の手がキママにうごいて出来てしまったトリ達の長屋のようなものです。物質文明も最終コースを向かえているイマオレ達も自分の手でそのへんにころがっているモノで自分の巣をつくる時代に入りつつある気がします。

黒田征太郎

1939年大阪生まれ。
1961年早川良雄デザイン事務所に勤務。
1969年長友啓典とK2設立。以降アートディレクター、映画プロデューサー、アーティスト、ライブペインティング、壁画制作等で数々の作品を制作。最近では、1995年10月大阪人権歴史資料館壁画。
1996年大阪府立天王寺高校100周年記念100点ポスター制作「二脚の椅子展・K2展」(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)など。

すてられたモノの鳥の長屋

日本の鳥類は500余種。そのうち最も多いのが「スズメ目(180種)」である。木の実、穀物、虫などを食べ、その多くは縄張り制をもち、それに関連して美しいさえずりで感情を表している。鳥は自然の中で大きな役割を果 たしている?鳥がいなくなったらどうなるか。鳥と人間、鳥と自然?どのような関わりがあるのか。私は年に2回ほど自然の生態系を観察するために青森の八甲田山に分け入る。青森の雲谷(もや)から八幡平、秋田の奥入瀬渓流にさしかかる頃はブナの原生林。20数年歩きなれたポイントも今年は鳥の数が少ない。混群を作り林の中を採餌しながら移動する「カラ類」は1羽で1日200?300匹の毛虫、昆虫類を食べるが20?30羽の混群が来なくなれば、その辺りは1日に5000?1万匹の毛虫が生き延びる。1ヶ月では生き延びた毛虫15万?30万匹が葉を食い荒らす。葉は光合成が満足にできず樹木の生長が遅れる。また、木の実を食べる鳥は消化されなかった種を肥料になる糞と共に地上に落とし雑木林を作る。良い土は茶さじ一杯の中にバクテリアの数が1億と言われているが、下草もない単一植樹林での土中バクテリア数はそれの2分の1から3分の1しかないという。鳥も虫も雑草も何一つとして無駄 のない自然。今回のテーマを機に自然の営みと人間の創造性?このバランスを自然のスタンスに謙虚に立ち考え続けることが必要であろう。?人間は自然を必要とするが、自然は人間を必要としないのだから?

竹内 洪

1942年東京生まれ。
ガラス工芸家。主な活動は、東京国立近代美術館招待出品、京都国立近代美術館招待出品、独Frankfurtにて世界初のサンドプラスト精密彫刻「菖蒲」発表、カンヌ国際芸術展大賞受賞、ニューヨークSOHO大賞受賞、大阪府工芸功労者表彰、などがある。所属している団体は、日本ガラス工芸協会、富山市立ガラス造形研究所講師、日本煎茶工芸協会、日本工芸会、大阪工芸協会、京都国際工芸センター、奈良デザイン協会、茨木美術協会などがある。

我々をとりまく環境破壊はとどまることが無く地球をとりまくオゾンまでも破壊しつつある。地表は汚れていても、大空は澄んでさわやかな風に包まれている。と思うのは幻想なのか。鳥のさえずりで眼を覚まし、木々の影で時間を知り水のつめたさに季節の移りを感じ、腹が空けば飯を食らい、月が出れば寝床に入る。自然に生きる。できたらいいなー そんな話をしながら・・・環境の変化をいち早く影響を受けるのが小さき「もの」。巣箱は小さき「もの」の胎。小さき「もの」の、大きな母の「ふところ」あたたかく見守り、どっしりと安心感をやさしさを大きな羽根でつつみこむそんな想いをかたちに・・・

山田悦央 下村治美 今須智哉

山田悦央 1950年大阪生まれ。
1969年(株) 高島屋設計部に入社。フェリー船舶等のインテリアデザインを担当。
1974年に(株)ピクデザイン事務所設立。現在、(社)日本商環境設計家協会(JCD)会員。

下村治美 1950年大阪生まれ。
服飾デザイナー段中恵美子に師事。(株)福岡喜久雄デザイン事務所を経て(株)ピクデザイン事務所にて活動。

今須智哉 1970年兵庫県生まれ。
1994年(株)ピクデザイン事務所入所。

このバードハウスは陶器で制作。風雨に強く、耐久性があります。衝撃に弱いという難点があるが、家庭のベランダ等に最適だろう。支柱は、ヘビなどが寄りつかないように工夫しました。

大高 猛

グラフィックデザイナー。
1953年大高デザイン設立、現在に至る。
1966年日本万博博覧会アートディレクター。
1981年国際デザイン交流会アートディレクター。浪速短期大学名誉教授、日本グラフィックデザイナー協会理事等歴任。
2000年1月22日他界。